2008年06月27日

短編演劇アンソロジー四 志賀直哉篇を見に行きました

劇団キンダースペースさんの

短編演劇アンソロジー四
志賀直哉篇
「一瞬の交錯」

を見に行きました

扱う短編は
「剃刀」
「正義派」
「范の犯罪」
です

今回の舞台は
橋がかりのような
まっすぐな廊下?が真ん中をつらぬいてまして、
その両側に客席があるという構図

今回は三度、この作品と向き合ってみました

裏から見て
原作を読み
表からも見てみる

という試み

これがとても面白いことになりました

まずは、
入り口入って右側(奥)の客席で拝見

こちらはまさしく世界を裏側から見る感じなので
舞台上のある人物を通して世界を見る感覚
気づくと主観的に見ていました


舞台を見て感じたこと、発見、違和感、疑問を抱えつつ
自分の視点で原作の短編を読む

さらに、
それらを踏まえて
今度は左側(手前)の客席にて観劇
こちらは表側から見る感覚なので
自ずと客観的になり、そして客観的に世界を捉え直してみました

そして新たな発見と疑問

欲を言えば、それらをさらに上乗せして、もう一度見たいです
無念…

3作品について
自分なりに考えたことを作品別にしたためておこうと思います

今後の自分の糧となるように

まず、全体を通して感じたのは

実際に目の前で起こっているリアルと

自分の中にあるリアルと

二つのリアルがあって

どちらかに偏ってもだめだし
どちらかが欠落していてもだめ

どちらの存在も認め
その違いをどう捉えていくか

というのが生きていく作業なのかなと
思いました


例えば、
目の前にあるおもちゃが気に入らない時、

気に入らないからと、放り投げるのか
壊すのか

それとも、何故気に入らないかを自分に問いかけ、
再度おもちゃと向き合うのか

の違い

すぐに放り投げたり、壊したりしてしまうと

動機がない
というか
殺すこと自体が動機の殺人が起きてしまうのではないか

と思いゾッとしました

志賀直哉は
父との葛藤が創作の原点だったと
舞台では語られています

父は息子が死ぬことを願い
息子は父が死ぬことを願う

でも死ぬことは願っても殺せはしない

それはいくら目の前にいる父がいなくなろうと
彼の心の中にいる父は死ぬことがないことを

彼はわかっていたからではないでしょうか

目の前に存在している父よりも
心に潜む父の存在の方が脅威でもあったのではないかと
思いました


心にいる父のリアルを消せるか

そんな葛藤が私には見えた気がしました

そして父を消すことのできない苦悩も

それでは別タイトルにて
3作品への考察を記して行きたいと思います

良かったら読んでみてください
posted by ななこ at 18:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | キンダースペース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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