2008年06月29日

短編演劇アンソロジー四 志賀直哉篇「剃刀」についての考察

さてさて
まずは「剃刀」です

◎裏から見た世界

鏡越しに見える芳三郎の心の内が怖かった

自分の心の内にばかり目を向け誰も寄せ付けない

妻の気遣いも、いらぬお世話と受けとめ苛立ちを募らせる

妻も芳三郎の性質を知るならほっとけばいいのだけど
赤子のいる身で夫に倒れ込まれたら事ですから
ついついやかましくなるのも当然で
そんな妻の気持ちを察しない芳三郎も悪い

源公と治太公が出ていったのも
本人たちがどうしようもないのだろうけど
もしかしたら芳三郎の態度に起因するところもあるのかもしれない
と思われた

客の要望よりも自身のこだわりが大事
それも自分を追い詰めることにつながる

病気が重なれば
ますます余裕がなくなり心を保てなくなる

普段、美容室に行っても美容師さんがどんな心の状態でいるかなんて頓着しない
まさかハサミで喉を切られるとは思わないし
信頼というか無防備になってしまう

この若者のように

それは実は怖いことなのかもしれない…

芳三郎の背中越しに見ていたからか
剃刀は鏡に写る若者に向けていたように見えた

赤子の泣き声で現実に戻れたのかな?

ひやっとするラストでした

◎小説の世界

芳三郎は自分の中に

こうありたい

という強い自我を持っているように思います

そして自分の思うように行かない苛立ちや
自分に背いているように思える周りへの苛立ち、
あるべき自分の姿から、どんどん遠ざかっていく現実の自分に焦りを持っているように見えます

病が追い討ちをかける
そんな時にもお構いなしに次々と舞い込む仕事に焦る
妻に咎められ苛立つ
頼りにならない錦公に苛立つ
剃刀すら上手く研げない
やっと思うとおりに研げるかと思った時に現れる客
気に入らない

客の漂わせる雰囲気も気に入らない

こだわりを持った芳三郎に「ざっとでいいんですよ」などと言い無神経にも見える

わざわざ切れない剃刀を選んでしまう

そして初めての失敗

心の中で何かが崩れていく

鏡の中の若者を見つめながら、
憂さを晴らすように残忍な想像をふくらます

どこまでが芳三郎の想像かによってラストが違うように思われた

死人の様に見えた「彼」は
芳三郎か若者か

「彼」が芳三郎なら、すんでのところで心の中のリアルから現実に戻れたということ

「彼が」若者ならば心の中のリアルにとらわれたまま、殺人を犯してしまったことになる

心の内にとらわれたら最後…ということか

◎表から見た世界

物語にすっぽりと包まれた感じ
モノドラマに対する感覚と一緒でした

追い込まれていく芳三郎が気の毒な程によく見えてくる

語り手が演じる、
鏡に写る自分の心の内に
吸い寄せられるように現れた芳三郎が印象的

鏡の心の残忍な思惑に、
そんなことはしていないと
戸惑う芳三郎

鏡に引き寄せられる剃刀を持つ手

信じられない面もちで手を見つめる
芳三郎

世界が鏡に丸ごと吸い込まれるようになり息苦しくなる

ラスト降りてくる左右対照の犬張り子と
赤子の泣き声が
現実に引き戻してくれました

心の内に入り込んでばかりいると
現実を見失う
その危うさを感じた

想像の中でだけ生きていくのは容易く
現実は厳しい

だからといって心のリアルに閉じこもり、目の前のリアルを感じれなくなったら…

破壊につながっていくのかもしれない

そんな恐ろしさを思った
posted by ななこ at 22:10| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | キンダースペース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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