2008年07月20日

モノドラマワークショップ 7日目、8日目

7日目

白、抜きすぎた…?

いや、
「白になりすぎ」というダメだしを
違った風に捉えていたのかもしれない
私ってば

もう一度、組み立て直す

作ってはこわし
作ってはこわし

が、楽しい…かも♪

客観的にとは思いつつ、
大分、白に偏った見方をして
物語を捉えてた

白を通して物語を読み進めてた

モノドラマはそれでは無理が出てくるし、
観客に物語を渡せない

だからこその客観性

他の視点でも読んで、
多角的に捉えて直しましょ

後は1日、いよいよ発表

それまでに2日もあるじゃないですかっ!

やるぞー


1日早く終わる二人の方の発表あり
面白かった!
もっと聞きたい!と思いました

8日目

発表の日

昨日ほどではないが緊張…
舞い上がってしまった
後半はフラフラになり、ある意味、力は抜けたけど


「感情をさがしてる」
というダメに、ものすごく納得
なるほどです

このセリフが何故言えるのか

そんなこと言えないよと思った時
そのセリフとどう向き合うか

私は何とか言えるようにするための術を探して
言えるための動機を見つけようとしてたなー

語り手=聖母マリア
という命題が本当にわからなかった

でも、私はこの物語を見守るのではなく、
支配しようとしていたのではなかろうか
と思った

支配者なんて大嫌いなのに
気づいたらなってたなんて…

だって見守るより、支配する方が簡単だから
難しさから逃げてたなぁ
こわいね。人の弱さって

もっとタフにならんとね


見守るってのは
なかなか難しい
超えてる存在だ

だって、ただただ見守るって相当ですよ

やっぱり見てたら
何かを言いたくなったり
応援したくなったり
はたまた、違うんじゃない?と否定したくなったり
何かを働きかけたくなる

見守られる側としても
ただ見られてるだけだと
気味が悪いし

神はいつも見ていて
でも何をするでもない
見守るだけ

でも、なぜか
その神の像の前にたつと
祈ったり
願ったりしてしまう

神が見てると思うと、悪いことできないと思う

悪いことしないために、
悪いこと=罪を知っていく

罪を罪と知る心をもつ

それは幸福も不幸ももたらしますがね

モノドラマの語り手という存在の追求
この2週間で
ドアの前にすら、たどりつけなかった


神様!
苦難の道に立ち向かえる勇気を…

と、やはり神頼みをしてしまいたくなる不安を抱えた私

この心境って…?

終わりませんよ
まだまだ

がんばろ

打ち上げが豪華でした♪

もろもろ、ありがとうございました

モノドラマって見るのは、なかなか楽しいのにねぇ
posted by ななこ at 12:38| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | キンダースペース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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